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「…なるほど。それは少年らしい判断基準だな」
率直な慶次の言葉に、松永の唇が皮肉げな笑みの形になる。

しかしそれは、どこか寛容さを含んだ笑みに、慶次には見えた。
「え?じゃあ、もしかして、これ当たってる?」

勢い込んで慶次が喜ぶより先に、松永はおもむろに慶次が示したワイングラス
を手に取って言った。
「ソムリエ修行をするのなら、覚えておくといい。食事において普通ならばマ
ナー違反とされる行為も、テイスティングに限って許される事がある」

グラスの足を指先で摘まみ、軽く掲げてみせてから、松永は音をたててワイン
を啜った。

呆気に取られる慶次は、ぐいと強く松永に腕を引かれてバランスを崩した。
直後、急速に近づいた距離に慶次が慌てる暇もなく、暖かく柔らかいものが、
唇を塞いでいた。

「な、ッ」

見開いた目には、焦点のぼやけそうなほど近く松永の貌が映り込み、強いワイ
ンの香りがしたかと思えば、開きかけた口に注がれたのは、紛れもなく   

頭が一瞬真っ白になり、呆然と慶次は目をまばたいた。
間近にある松永の、温度を感じさせない醒めたまなざしと視線がかち合い、思
わず強く瞼を閉じる。

「んん、っ……」

無意識に咽喉が動き、アルコールの熱さがじわりと滑り落ちていく。温もった
ワインの芳香と酸味が、より明確に感じられた。口移しでワインを飲まされて
いるのだと、現状を脳が把握すると同時に、かっと羞恥が沸きあがってくる。
慌てて松永を押し遣ろうとするが、バランスを崩したままの姿勢で上手く力が
入らずに、デシャップ台に押し付けられた。
手が無意識に助けを求めてステンレス台の上を滑り、グラスが倒れる音にびく
りと体が強張る。

慶次の上体が反って顎が上がり、松永は角度を変えて深く唇を重ねていく。

「ぅ、んぁ…」

飲みきれないワインが首筋を伝う。松永の舌が慶次の口腔内を嬲り、ぶるりと
身震いが起こる。
鼓動がまるで踏み切りの警報機のように、耳元で鳴っている。
アルコールのものとは別の種類の酩酊感。くらりと目が回り、体を支えていた
膝の力が抜け、その場にずるずるとしゃがみ込む。