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息が整うまで、少しの時間がかかった。
茫然自失していて、咄嗟には怒りも沸いて来ない。

「は、   」

止めていた息を吐き、のろのろと慶次が顔を上げると、いつもと変わりない毅
然とした松永の姿がそこにある。

「そのワインはまだ若い。私はもう少し熟成した方が好みだがね」

ほうけた顔をして座り込んだままの慶次へ、苦笑めいた笑みを浮かべると松永
は踵を返す。

「零したワインの始末をして今日は帰りたまえ」

普段と同じ声のトーンで言うと、そのままパススルーのドアの向こうへと消え
ていく。

腰が抜けたような状態の慶次は、しばらく冷たい床に座り込み、言葉もなく松
永を見送ったのだった。




                                 〜終



                           メリコ様へ捧ぐ
                               寿限無/昴





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※プチ用語解説

デシャップ台…レストラン等で、客席に運ぶ前の盛り付け皿を置いておく作業台。
テニメンティ…ワインの自社畑(イタリア版)
カンティーナ…ワイン等醸造所のイタリア語
アンティバスト…前菜用の作り置きサラダ(ハムやチーズ、カルパッチョなども)
セコンド・ピアット…メインディッシュの第ニ皿。魚料理か肉料理に分類される。


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昴様
素敵なリストランテのお話有難うございました。