***


   という経緯で、松永の用意したワインを飲み比べるテストを、店の営業
後にさせられる羽目になった慶次だったが、付け焼刃でのワインの知識など、
松永に通じるはずもないことは明白で、だからこそ、何の予備知識も頭にいれ
ずにテストに挑むことにしたものの、無謀な賭けに等しい。
下手な足掻きをしても、どうせ無駄だろうという半ば自棄にも気持ちで、
慶次は松永の前に立ったのだった。

デシャップ台に置かれたラベルの隠されたボトルを持ち、
テイスティング用のワイングラスに、
松永はそれぞれを注いで慶次の前へと優雅な手つきで滑らせる。

「さて、テストは簡単なテイスティング選択だ。どちらも同じ年に作られたワ
インだが、一方はイタリア産、もう一方はフランス産。
どちらがイタリア産か、わかるかね?」

「えッ?普通、利き酒ってどっちが上等のワインとか、
そういうの選ぶんじゃねぇの?」

テストの方法は聞かされていたが、内容までは教えられていなかった。

驚いて訊ねた慶次に、松永は冷ややかなまなざしをしてみせる。
「ワインの良し悪しが君にわかるとは、とても思えないがね。どちらにしろ勘
で選ぶのなら、産地の特徴くらいは把握しておくべきだよ、少年」

「くっそ、そっちの方がよっぽどわかんねぇっつの!」
顔を盛大に顰めて、慶次は唸った。

目の前に並んだ赤いワインを、慶次はデシャップ台に頬をつけるように腰を屈
めて見比べた。
当然ながら色味に大した違いはない。どちらも濁りのない綺麗な真紅だ。
次にワイングラスの縁に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。最初は揺らさずに、次はグ
ラスの脚を指先で摘まみ、円を描くように揺らす。
空気を入れることで、ワインは注いだ直後とは香りが変わる。
その程度の作法は覚えたものの、グラスを回して微妙な匂いの変化がわかるか
といえばそんな事は全然なく、香りだけで産地を見抜けるはずもない。

慶次が慎重な手つきでグラスを取り、口へ運ぶまでの一連の動作を、
松永は黙って見ている。

「決めたかね?」
両方のワインを飲んだところで、松永が訊ねた。

慶次は迷う様子で、並んだ左右のグラスに視線を動かし、顎に拳を当てていた
が、結局は一つを選ぶしかないと意を決した様子で、
右のグラスの台座を滑らせて、松永の方へと押しやった。

「…ほう?こちらを選んだ理由は?」
表情を僅かも動かさずに、松永は再度訊ねる。

慶次は、軽く肩を竦めてみせた。
「俺はワインに詳しいわけじゃねーし、フルーティとかスパイシーとか、そう
いう匂いや味の違いだってよくわかんねーし、ぶっちゃけ勘だけど…強いて言
えばこっちの方が、この店の料理に合うかもなって思った。
理由としては、そンだけだよ」
ワインの香りや味の違いや、産地を想像することはできなくとも、ここで出さ
れる賄い飯なら、ワインなどよりよほどよく慶次が親しんだ味だった。
賄い飯ばかりじゃなく、アンティパストのつまみ食いがバレて
元就から叱られたり、セコンドピアット用の試作メニューを、
元親に食べさせて貰ったりもしている。
料理に合うか合わないかで飲み物を選ぶとすれば、右のワインの方がきっと味
が馴染むだろうと、慶次は思ったのだった。