「じゃあな!頑張れよ、慶次ィ」
「ま、しっかりね〜」
ロッカールームから出て行く元親と佐助に声をかけられて、慶次は何となく上
の空で二人を見送った。
「ああ、うん。ありがとな〜」
誰もいなくなった室内の静寂に包まれていると、次第に緊張の度合いが高まる。
ここでじっとしていても始まらない。
要は気合いと勢いだ。

「…よし!」
大きく息を吸い、声に出して頷くと、厨房へと慶次は一人戻る。

パススルータイプのドアを開け、火の気のない厨房へと入る。清潔に磨き抜か
れたデシャップ台の上には、用意されたグラスが二つ並んでいた。

これから行われるのは、簡単なテストだった。
二つの種類の違うワインを飲み比べる、それだけのことだ。
とはいえ、ここでアルバイトを始めるまで、ワインなんて飲みなれてもおらず、
銘柄や産地にも当然詳しくない慶次にとっては、松永に課せられたこのテスト
自体、最初からハードルが高いといえた。
客の好み、料理に合ったワインを選んで勧めるのがカメリエーネのサービスの
一環であるのなら、多少は慶次もそれを把握しておきたいという単純な気持ち
からのことだったが、休みの日や仕事が終わってから、ここのシェフ達に付き
合ってもらい飲み歩いていた理由を、リストランテ支配人である松永に知られ
たことで、事は慶次の知らぬ間に大きくなった。

   数日前に遡る。